式から一週間たちます

八月の末、祖母が亡くなりました。
私が実家に帰省して、病院に様子を見に行った二日後でした。

帰省した日曜日、祖父がデイサービスで作った工作を持ってお見舞いに行った時にすごく浅い息になって「苦しい」と言っていたのでなんとなくは察していました。祖母も、もう長くないと自分で言っていたし。

そして神奈川に帰った次の日の朝、朝六時ちょっと前に母から電話があリ、まさか、という思いと、やっぱり、という思いで非常に複雑な心持ちでした。
式は滞りなく終わったのですが、通夜よりも葬儀よりも、納棺が本当に辛かった。

病院では骨と皮だけになってしまっている腕に残る点滴の跡がショックだったのですが、納棺の時に触れた足が、点滴のためなのかむくみ、ドライアイスで冷たかったのが、ただ悲しかったです。
さいころから、共働きだった両親の代わりに私と弟を見ていてくれたのが祖母なので、過去を思い出すと未だに泣きます。

こういう事考えるの、不謹慎かなと思ったけど、からからに乾いてる祖母の骨は、姑獲鳥の夏を思い出し、砂糖菓子のようで食べられそうだ(けど喉にささりそう)と思ったり、我が家の墓の下は、こうなってるのか、もう一人分見えるけどあれはひぃじいの骨かと、見ることができたり。焼いてしまった後は、悲しさと興味が入り混じって、よくわからなくなりました。

勝気で、偏屈な祖母だったと思います。
まぁ、向こうでも偏屈さを発揮していると思うのでそこまで心配はしていないです。

逆に、祖母が亡くなったことがわかっていない祖父に、向こうから文句を言ってそうではありますけどね。

本当に89年間、お疲れ様でした。


以下余談。

通夜、葬儀では父のスピーチがあったのですが、原稿を用意したにもかかわらず、それを使わずスピーチをした父を見て、この人と私は本当に血がつながっているなぁと思ったり、
最期の献茶の儀式、お茶じゃなくて、祖母の好きな飲み物でいいですよ、っていう葬祭場の人の言葉に父が「サイダーかな?」と言ったら葬祭場の人が「さささささサイダーですか!!」と面くらい、いきなり笑ってはいけない葬式みたいな感じになったり。

最高にオカルトな家系なのでまぁいろいろ、面白かったです。

そしてそんな中、まだまだバタバタすることが起こるのですがそれはまた後日。