うすらぼんやり生きてる人間が。

うすらぼんやりと生きている。とtwitterにもブログにもよく書いている。うすらぼんやり。いま初めて意味を調べたけど「うすぼんやり」が正しくて「間の抜けて気がきかぬさま」これとはちょっと違う意味合いで使ってるな。

 

実際私は「フォロワー」である。与えられた情報だけで生きてる。アジテーターにもなれるわけないし、デマゴークにもなれない。

なるつもりもない。

よくふざけて「週末アイドル」とか「はー、私可愛いな~」って言うし、自撮りを上げたりするけれど、なんでそれをするかしばらく考えてみたんだけど、「誰かに認めてもらいたい」だけなんだと思う。

承認欲求が強いツイ廃。

 

だがしかしこんな私にあこがれを持ってくれている人も一握りはいたりして、そう考えると自信ってはたから見たらすごいえぐい物なんだなぁっておもう。うまく使えば、アジテーターのなりそこないみたいなものになれるんだな、と最近思ってる

 

数年前私は本当に自信がなくて、仕事に対してもそうだし人に会いたいとも思わなかったり、すべてにおいて無気力な時期があったんだけど、うすらぼんやりとそれを乗り越えて今、すこし自信がついたし、自分の中では張りぼてなんだけど、一回り、なんとか成長したのかな、と思えることもある

まぁ実際無気力時代は白い柔らかい物と酒を主に摂取しており普通の食事は吐いてもいたので文字通り体も一回り成長したわけなんですけど。

 

この前書いた、先輩とのやり取りで、あ、わたしうすらぼんやり生きてるわけでもないのかな、と最近は思ってるんだけど。何かの拍子にぼんやりしちゃうからまあまだうすらぼんやり生きてるんだろうな。