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過去形

学生街の喫茶店と呼ぶにはあまりにも少女趣味なカフェで、面白いんですよと手渡されたのは一本の映画のDVDだった。
確かに映像が美しく、時々その美しさにぞっとしながらも思っていたのは、ああ、これを返す時に彼と寝るだろうな、ということだった。

その予想通り、私は彼と寝た。手足が長く、ひょろりと背が高い彼は年齢差があるのも特に構わないで、隣に寝たわたしの短い髪を、そして頭を撫でた。

私の家に来るか、外でお茶をするだけの彼が珍しく「映画に行こう」と誘ってきたことがある。
私は誰かに見つかるのではないだろうかという焦りと、誰かに見られた時の言い訳を何度も自分に言い聞かせながら電車に乗ったのでひどく緊張しており、30分にも満たない電車の中では一言も口をきかなかった。ただ、降りるときに彼が私の手を握って「ぬるぬるする」といい笑ったことを覚えている。


「こういう映画で、泣くんですね」
驚いたように彼がいい、わたしは泣き虫だということがばれ、そこから少しだけからかわれた。
ねえ、どこが泣きポイントだったんですか。と薄ら笑いで問いかける彼の髪の毛は真っ黒で、健やかだった。

ブルガリの指輪をプレゼントするんです。H君は最近付き合い始めた彼女との惚気を店中に振りまいていった。ふたりで、ざっしをみていたときにかのじょがほしいって言うから。それが理由かシフトを増やし始めたH君を見て彼は「振られるのになー」とポツリと言った。その『彼女』と同じ学校に通っていた彼は何を知っていたのか、全然わからないけど、ブルガリの指輪を用意した直後、H君は振られた。ほぼ、同じ時期に、私は付き合っていた人に振られた。




今となってはきっかけになったDVDの内容なんて覚えてないし、彼の名前も思い出せないけど、時々こういう思い出がぽろぽろと落ちてくる。
思い出したきっかけは、ただ、制服の似た子がいただけ、というそれだけで、わたしのなかで彼はずっと制服を着て成長しないんだということが分かった。